[閑話休題]『さぽーと』2018年12月号 今月の切り抜き「介護保険“優先”にとらわれないで」を中心に〜浅田訴訟その後、他〜

2018年12月28日(金)、今日は協会事務局の仕事納め。昨年は仕事納め情宣を決行し、中々楽しい年の瀬であったが、今年は大人しく(体調も良くないし、12月に1回やってるしね)、フツーに出勤して、事務所の大掃除と編集作業の残務を行った。
『さぽーと』誌は毎月15日発行の為、月末月初が編集作業のピーク。休みは休みで嬉しいのだが、押せ押せで年末進行をやり切らなければならない。幸いにも年内に全ての原稿を入稿し、ゲラ(校正紙)が出、著者校正もほぼ終えた(当該が病院で検査があり、丸1日休んでしまったため、先輩編集者のIさんが頑張ってくれたお陰である)。これで仕事始め早々に責了・色校正ができる。
『さぽーと』2019年1月号は読み応えのある記事論稿があるので読者の方々はご期待いただきたいが、その前に、既に定期購読者諸氏のお手元に届いている『さぽーと』201812月号にも注目記事があるのでご紹介したいと思う。

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『さぽーと』2018年12月号(No.743)

『さぽーと』2018年12月号の「今月の切り抜き」では、「介護保険“優先”にとらわれないで」と題して、岡山県岡山市在住の重度身体障害者の浅田達雄氏が岡山市を相手取って起こした行政訴訟(以下、浅田訴訟と略)と岡山地裁の判決を本誌編集委員の三瀬修一弁護士が取り上げている。
訴訟内容とその経過、論者の考察について、詳しくは本誌記事をお読みいただくとして、訴訟内容について大まかに言うと、重度訪問介護を利用していた浅田氏に対して、岡山市が65歳になったことで介護保険が優先されることを理由として(障害者自立支援法第7)、介護保険(介護保険法)で対応可能とされる部分について重度訪問介護を不支給とする決定行ったことに対し、その取り消し等を求めての行政訴訟である。

そもそも、必ず介護保険に移行しなければならないのか?

障害者自立支援法第7条の介護保険優先原則にあるのは、税財源である自立支援給付と社会保険財源である介護保険という財源の出処の違いもあって、二重給付を回避するための規定であったが、しかし、税財源からの公費負担を回避したいという国の思惑が見え見え(…でしょ?)なので、後に「応益負担」等で評判が悪い障害者自立支援法の批判の矛先を躱す為か、厚生労働省は「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく自立支援給付と介護保険制度との適用関係等について」(平成19年3月28日 障企発第0328002号・障障発第0328002号 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課長・障害福祉課長連名通知)により、

「障害者が同様のサービスを希望する場合でも、その心身の状況やサービス利用を必要とする理由は多様であり、介護保険サービスを一律に優先させ、これにより必要な支援を受けることができるか否かを一概に判断することは困難であることから、障害福祉サービスの種類や利用者の状況に応じて当該サービスに相当する介護保険サービスを特定し、一律に当該介護保険サービスを優先的に利用するものとはしないこととする」

と、条文を一義的に厳格に適用させるものではない、つまり覊束行為を謳ったものではないという通知が発出されている。

ところが、この通知が地方自治体に十分に周知徹底されているのかといえば、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく自立支援給付と介護保険制度の適用関係等についての運用等実態調査結果」(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課 2015年2月)によると、介護保険サービスと障害福祉サービスの併給が可能な旨を障害福祉サービス利用者へ事前案内を「している」と回答した自治体は39.0%、「事例によってはしている」が41.7%、「していない」が7.7%、住民への周知については「している」が18.9%、「していない」が80.7%だ。
不幸にして、65歳を迎える障害者が、「していない」ような無理解な自治体に居住していた場合、必要な福祉サービスが受けられなくなるばかりか、不要な経済的負担を強いられてしまうことになる。

浅田訴訟の岡山地裁の判決要旨では、

「…本件申請に対して不支給決定をした場合,原告がその生活を維持することは不可能な状態に陥ることは明らかであったというべきであることや,原告が自立支援給付の継続を希望し,本件処分に至るまでに介護保険給 付に係る申請を行わなかったことには理由があるというべきであることからすれば,岡山市長としては,本件申請に対する自立支援給付決定をした上で,引き続き,原告の納得が得られるよう,介護保険給付に係る申請の勧奨及ぴ具体的な説明を行うべきであったといわざるを得ず,本件処分は,自立支援法7条の解釈・適用を誤った違法なものというべきである。」

「原告は本件処分後に介護保険給付に係る申請を行っているところ,同申請は,違法というべき本件処分がなされたことから,原告としては,生活を維持するためにやむを得ず行ったものであり, 原告の本意によるものではなく, 納得の下に行ったものではなかったことは明らかであるというべきであるから, 岡山市長としては, 本件申請に対する自立支援給付決定をすべきである。」

との判断が示されている。
岡山市が行った浅田氏に対する不支給決定の違法性の判断が、本人の同意に基づかないこと、本人の経済状態を勘案した上での判断ではなかったことに限るのか、その成立要件の限局性の判断が難しいところもあるが、今後も提起されるであろう同様の行政訴訟に大きな影響を与えるものと思われる。

浅田訴訟については、我が組合の組合員でもある重度身体障害者の鈴木敬治さんも浅田訴訟の裁判闘争支援を行っていたので以前からお話は知っていたが、この画期的な勝利判決が『さぽーと』誌で取り上げられ、知的障害者支援に当たっている『さぽーと』読者に広く知られること(他の障害福祉団体の機関誌では既出の事件ではあるが)*は大変意義深い。コラム子もこのように記事を締め括っている。

「障害者総合支援法も介護保険法も福祉のための制度です。本人にとって最善のサービスが支給されないのであれば、制度自体か運用に問題があるはずです。支援者のみなさんには、本人のために最善の支援が提供できるように介護保険優先にとらわれない支援をお願 いしたいと思います。」

高齢期を迎える知的障害のある利用者支援を行っている人たちの現場での苦労や悩みは大きいものと思われる。これまでも障害福祉サービスから介護保険サービスの移行や併給について『さぽーと』誌でも取り上げてきたが、行政の窓口対応を鵜呑みにせずに、地域で生活する本人の意思を汲み取り、「支援された意思決定」によって、本人がどのような生活を望んでいるのか、利用する制度移行によって当事者が不利益を被ることのないように支えていくことが第一であること、そして、行政の対応が不当なものであるならば司法に救済を求めることが必要であることを教えてくれる。

* 『さぽーと』誌では時事ネタや社会問題と絡めて障害者問題を扱うコーナーが、現状、この「今月の切り抜き」しかないため、時事ネタ・社会問題ネタを拾う本組合掲示板ブログでも自ずと本コーナー記事を取り上げることが多くなる。

広島高裁岡山支部でも岡山地裁判決を支持し控訴棄却、岡山市は上告断念で原告の全面勝訴確定

『さぽーと』誌の記事では岡山地裁での原告勝訴で終わっているが、その後どういう展開を迎えたのか。
『さぽーと』記事にある通り、2018年3月14日**、岡山地裁は原告の主張をほぼ認め、岡山市に支給打ち切りの決定取り消しと慰謝料等の支払いを命じる判決を言い渡した。しかし、岡山市は控訴、法廷闘争は二審に場を移した。
12月13日に広島地裁岡山支部は「65歳になったとして一律に不支給にするのではなく、必要なサービス内容や負担増を考慮し、支援法による給付が相当な場合がある」、岡山市の決定は「明らかに合理性を欠く」として違法と結論付け、岡山市の控訴を棄却した。
岡山市の去就に注目が集まったが、12月17日、岡山市は高裁支部判決を受け入れ、上告を行わない方針を表明し***、これにより浅田訴訟は全面勝訴が確定することになった。

** 『さぽーと』2018年12月号では、岡山地裁判決を「2018年11月14日」としていますが、これは間違いで、正しくは2018年3月14日です。原稿整理段階で記事の裏を取るのですが、ここは見落としておりました。すみません。m(__)m

*** 「無償介護打ち切り訴訟の上告断念 違法判決受け入れ岡山市方針」『山陽新聞』2018年12月18日記事を参照。

基本合意・骨格提言の実現を!

2010年の「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」(以下、基本合意と略)では、障害者自立支援法第7条の介護保険優先原則について、

「介護保険優先原則(障害者自立支援法第7条)を廃止し、障害の特性を配慮した選択制等の導入をはかること」

と記されている。
また、2011年の障がい者制度改革推進会議総合福祉部会「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言新法の制定を目指して(以下、骨格提言と略)では、介護保険との関係に、

「介護保険対象年齢になった後でも、従来から受けていた支援を原則として継続して受けることができるものとする」

「…障害者が介護保険対象年齢となった後であっても、それまでの障害者の地域生活の継続が保障されなければならない。また、介護保険が適用される40歳以上の特定疾病をもつ者については、本人が希望する場合には、障害者福祉による支援が利用可能となるようにすべきである。現行の介護保険優先原則を見直し、障害者総合福祉法のサービスと介護保険のサービスを選択・併用できるようにすることも視野に含め、今後さらに検討を進めることが期待される」

「具体的な運用面では、まず、障害者自立支援法の重度訪問介護や行動援護等は介護保険には「相当する」サービスがないことは明確であり、継続的に利用できるようにすべきである」

とされている。

ところが、2012年に制定された「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(以下、障害者総合支援法と略)では、障害者自立支援法を廃止したと言うものの法の名称が変わっただけ。内容も一部を改正しただけで、羊頭狗肉に終わってしまった。中でも障害者自立支援法第7条の介護保険優先原則はそのまま障害者総合支援法でも据え置かれてしまったことは、前述した市町村への周知不徹底にも見られるように、制度・運用上の瑕疵を延命させてしまったと言い得る。

国や行政の都合で、障害当事者の地域生活・自立生活が脅かされてはならない。障害があるが故の格差の是正、本人のニーズにあった支援サービスを求めて、障害当事者も我々支援者も「どんな障害があっても共に生きる社会」を目指すため、基本合意と骨格提言の完全実現を目指して声を挙げ続けて行こう。


その他、こちらの特集記事もどうぞ

尚、『さぽーと』2018年12月号の「特集 成人期の発達障害のある方への支援」では、ご自身も発達障害のある伊藤克之弁護士日野アビリティー法律事務所)が「生きづらさを相談できる場に」と題して、原稿を寄せている。
発達障害者の労働問題や生活場面での生きづらさを相談できる(おそらく)唯一の法律事務所の取り組みである。こちらも併せてお読みいただきたい記事である。

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