やっと問題視され始めた障害者雇用代行ビジネス
2022年末から、障害者雇用、とりわけ障害者雇用代行ビジネスについてマスコミで取り上げられ始めた。
この組合掲示板BLOGをご覧の方は既にご存知だと思うが、障害者雇用代行ビジネスとは、極簡単に言うと、障害者雇用代行ビジネス企業が就労を希望する障害者を、障害者を雇用したい企業に紹介し、障害者雇用代行ビジネス企業の運営する農園等(必ずしも農園とは限らない)を就労場所として提供し、契約企業から障害者の紹介料や施設利用料を受け取り、雇用形態としては障害者を雇用したい企業の社員として、障害者雇用代行ビジネス企業の農園等で働かせ、契約企業の障害者雇用率に算定できる、というものである。
ただ、このビジネスモデルはそれを業とする各企業によって多少の違いはある様だ。
障害者雇用代行ビジネスが現れ始めた頃から「よくこんなことを考えつくもんだ…。だけど、これって許される事なのか?」と即座に違和感というか、何とも言えない嫌悪感を感じた。
金で障害者雇用率を買う様なビジネスがまかり通るなら、最悪、障害者雇用は全て代行ビジネス企業の農園その他に任せてしまう事だって起こり得る。
障害者雇用促進法(障害者の雇用の促進等に関する法律)の趣旨にある事業主の責務
第5条 すべて事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであつて、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない。
に適うビジネスなのか?と…。
さて、障害者雇用代行ビジネスについては、当該組合員が感じていた様に、障害福祉関係者から、そのビジネスモデルの在り方が問題視されていたのだが、“Storm in a teacup”(コップの中の嵐)でしか無かった様に思う。
これは当の企業が、何ら違法な事をしている訳では無く、中々批判し辛い処があったからであろう。
当該組合員が知る限りでは、この問題が全国紙で取り上げられたのは、2019年10月8日の『毎日新聞』「障害者就労定着か共生か 障害者雇用「外注」に賛否」や同年11月19日の同紙「企業の障害者雇用「外注」 分断広げる「数合わせ」」が最初ではなかったかと思う。
この記事中には障害者雇用代行ビジネスの代表的企業である株式会社エスプールプラスの社名も出されて報道されていたのだが、後述する“エスプールショック”の様に世間の耳目を集める話題にならなかった印象があった。
また、KindAgent株式会社が行なった2022年4月の調査では「「農園型障害者雇用」に7割の障害者が否定的意見 「障害者雇用の実態調査」結果発表」と、障害者雇用代行ビジネスに障害当事者から否定的な意見が寄せられている。
しかし、ここに来て、2022年11月4日(金)のNHKの朝の報道番組「おはよう日本」で障害者雇用代行ビジネスが取り上げられた。インタビューには厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課長の小野寺徳子氏(障害のあるお子さんを持つ)が出演し、また、解説者として慶應義塾大学商学部教授の中島隆信氏(障害のあるお子さんを持つ)がその問題点について指摘している。少なくとも当該組合員が知る限り、テレビで取り上げられたのはこれが初めてでは無かっただろうか。
続いて、この障害者雇用代行ビジネスについては、国会でも審議され、2022年12月5日に参議院厚生労働委員会において、日本維新の会の松野明美議員(障害のあるお子さんを持つ)が障害者雇用代行ビジネスについて質問をし、参考人として藤井克徳氏(認定NPO法人日本障害者協議会)が委員会に招聘され、松野議員の質問に答えている。*
以下の動画をご覧頂きたい。
** 余談だが、以前、障害者雇用を通した共生社会を考える某イベントで、当該組合員が障害者雇用代行ビジネスの問題について、JDの藤井さんに投げ掛けた質問とほぼ同趣旨の質問を松野議員が行なっており、当該組合員と同じ問題意識をお持ちで、それが国会で明らかになったことに驚いた。
更に、2022年12月に「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」所謂、障害者総合支援法その他の「束ね法案」が可決成立し、これには法案審議の段階で障害当事者団体から、精神保健福祉法の医療保護入院制度の適用拡大に強い批判があったが、それはさておき、一つ評価すべき事がある。
それは、衆議院・参議院の付帯決議として、
「…事業主が、単に雇用率の達成のみを目的として雇用主に代わって障害者に職場や業務を提供するいわゆる障害者雇用代行ビジネスを利用することがないよう、事業主への周知、指導等の措置を検討すること。」
という文言が盛り込まれた事である。
現状、法律上の瑕疵が無い為、行政がどこまで踏み込んだ処分や指導を行えるのか未知ではあるが、これは画期的な事である。
この様に、俄かに社会的にも政治的にも障害者雇用代行ビジネスが取り沙汰されることになったところに、2023年1月9日、共同通信社から「障害者雇用「代行」急増 法定率目的、800社利用」という記事が配信された。
この共同通信社の報道では、障害者雇用代行ビジネスを行う(株)エスプールの社名も出ていた為か、2022年4月にアメリカの投資銀行Goldman Sachsがエスプール社の株価のレーティングを引き上げ、2022年4月5日に株価が上場来高値1,410円になる等、実際、会社の業績も良く好調であったが、その後、緩やかに下落していたところ、報道の翌日、2023年1月10日には東京証券取引所の前場に677円のストップ安に張り付いたまま大引けとなった。
この出来事は巷で“エスプールショック”と呼ばれている様である。**
** その後、(株)エスプールはIR情報として「当社に関する一部報道について」というコメントを発出した。
このコメントには突っ込み処は多々あるものの、「当社のサービスに対し賛否双方のご意見があるのは認識しております」と自覚しているのはいいんだが、少しだけ言わせてもらうと、「今回の報道に関しては、当該報道機関の一方的な意見に偏ったものであり、農園に勤務する障がい者の皆様やそのご家族、利用企業の皆様、農園を誘致して頂いた行政の皆様など、当事者の声がほとんど反映されておらず」と言っているが、当該組合員の知る処では、共同通信社の取材拒否をしたのは(株)エスプールと聞いているのだが如何?
この配信記事を執筆したのは共同通信社編集委員の市川亨氏(障害のあるお子さんを持つ)***である。
その後、1月13日に配信された氏の論説「核心評論 真の「共生」につながるのか」は、ほぼ当該組合員の言わんとする処が網羅されているので、以下に主要な箇所を引用させて頂く。
初めてそのビジネスを知ったときは「うまいことを考えるものだ」と感心した。同時に「それをやっちゃあ、おしまいだろう」と思わざるを得なかった。法律で企業に義務付けられた障害者雇用を事実上、代行するビジネスのことだ。
…
十数年前に登場し、各地に広がったのがこのビジネスだ。農園で働いているのは知的、精神障害の人が大半。利用企業は法定雇用率を達成でき、障害者は福祉作業所では得られない月10数万円の給与を手にする。
…
このビジネスでは、例えば頑張って品質の良い野菜を作っても高く売れることはない。給与が上がることもない。それでは職業的な成長は望めないし、本当の意味での働く喜びや達成感と言えるだろうか。
知的障害のある人は、このビジネスの構造や問題点を理解するのは難しい。「高い給与がもらえるのだから、いいじゃないか」。そんな声に対し、知的障害の子どもを持つある親は「何だかばかにされている気がする」と言った。実は私も同じ立場の親。同感だ。
一人一人の特性に合わせて配慮や工夫をするのは、確かに面倒かもしれない。しかし、企業自らが試行錯誤し、職場で障害者と共に失敗や苦労をする過程こそが真の「共生」だと思う。
「それは理想論」という意見もあるだろう。ただ、手っ取り早い雇用率の達成手法が広がれば、もっと社会に貢献できる人が流れてしまい、長い目で見れば損失になりかねない。企業は手間を惜しまず、障害者の雇用に真正面から向き合ってほしい。
*** 共同通信社の市川亨氏は以前『さぽーと』2016年6月号に「であい 娘がもたらした豊かな記者人生」と題した寄稿を頂いたので、是非御一読願いたい。
エスプールショックによって、多くの障害福祉関係者(と思われる人やそうでない人)がインターネット上で意見を述べているが、障害者雇用代行ビジネスに対して肯定的な意見も多くあったのは意外であった。
それは、現状、障害者雇用が進まないのだからこういうビジネスは“必要悪”、利用する障害者も親も就労の場が提供されて喜んでいる、障害者雇用に苦慮する企業も利用者も障害者雇用代行ビジネスもそれで(ビジネスとして)上手く回っているのだからwin-win-win「三方よし」の関係じゃないのか、という意見だ。
また、二酸化炭素の排出権取引の様なもので、それがいいのなら障害者雇用代行ビジネスだっていいだろう…との意見も見受けられた。
もし、この障害者雇用代行ビジネスが止むを得ない“必要悪”の事業であったり、二酸化炭素の排出権取引と同様(随分と失礼な物言いである)だとしても、General comment No. 8 (2022) on the right of persons with disabilities to work and employment: 国連・障害者権利委員会 障害者の労働及び雇用の権利に関する一般的意見 第8号(2022年)では、積極的差別是正措置(affirmative action programmes)を講じるに当たり、
Taking steps to ensure that work promoted under these measures does not constitute “fake” employment, whereby persons with disabilities are engaged by employers but do not perform work or do not have meaningful employment on an equal basis with others.
他の者との平等を基礎に有意義な雇用とは言えない「偽装」雇用にならない様な措置を講じること、とある。
尚、障害者雇用代行ビジネスはビジネスであって積極的差別是正措置としての施策ではないが、それをビジネスとして成り立たせているのは積極的差別是正措置としての障害者雇用率制度であるので、ここでは施策と同じ扱いをさせてもらう。
国連・障害者権利委員会が、この様な障害者雇用代行ビジネスを想定しているのかどうか不明ではあるし、日本以外にこの様なビジネス存在するのかどうなのか寡聞にして知らないが、当該組合員は障害者雇用代行ビジネスは“fake” employmentに限りなく近い雇用形態であると思っている。
障害者の一般就労の場を確保するのは大変だ…というのは解るが、障害者雇用は企業活動において余計なコストでしかないという意識が根底にある限り、障害の有無に拘らず、個々人が持てる能力を発揮して共に生きる社会など絵空事にしかならなくなる。
…というかそういうリクツ抜きに、農園が良いか悪いかは別にしても、障害者を雇用している事にして、代行業者の所で働かせて、「我が社は障害者雇用しています!」って言えるのか?
その他、当該組合員の知る関係者からは障害者雇用代行ビジネスの現場での就労実態にも問題があるとの話も聞く。就労の質の問題や労働法令との関係、嘗てあった様な就労継続A型事業所の大量解雇に繋がりかねない等々、幾らでも問題点を挙げて論拠を示す事はできるが、敢えて当該組合員が言わずとも、昨今の報道で多くの識者も指摘している事なので略させてもらう。
しかし、これだけは言いたい。ノーマルな社会参加を阻害する雇用形態は人権侵害であり、障害者差別・障害者排除であると言っても過言ではないだろう。
† 「「障害者は喜んで農園で働いている」はずが…国会がNGを出した障害者雇用〝代行〟ビジネス 大手有名企業を含め800社が利用」共同通信社 2023年1月28日 †
さて、後編では、日本知的障害者福祉協会がこの障害者雇用代行ビジネスについてどういう対応をしてきたのか、しているのか、『愛護ニュース』2023年2月号の協会事務局長・末吉執筆の「浜松町から」を批判的にネタとして取り上げる。■