
『月刊全労連』2012年10月号
かつて、「大阪都構想」を旗印に掲げ、大阪で躍進した「大阪維新の会」の首魁橋下徹は、2011年に大阪府知事の職を辞し、大阪市長に就任しました。
橋下が真っ先にやったことは大阪市職員とその労働組合への攻撃でした。大阪市の公務員の問題を市職員の労働組合の問題に転嫁し、市職員に対する数々の労働強化政策を打ち出してきました。橋下が行った公務員・労働組合への攻撃の違法性は言わずもがなですが、ここで問題なのは、それを支持する“市民”の存在です。橋下は“民意”を味方につけて、市職員組合を攻撃してきたのです。
橋下ような労働組合を敵視する使用者がそれに共鳴する“市民”の労働者観や労働組合観を共有し、公務員や公務員労組を攻撃している事態は大阪市に限ったことではありません。改革を旗頭に掲げて、公務労働者の人件費削減やリストラを図る首長が“市民”の喝采を持って迎えられることはマスコミで報じられることもあるので、いくつかの事例を思い起こされる方もいらっしゃることと思います。
公務員ではない民間法人の福祉・医療労働者にも事業運営構造の類似性から労働組合への同様の批判・攻撃がなされることがあります。知的障害者施設の労働者の場合、使用者側が保護者・親の会に労働組合の悪評を流し、労働者が労働条件を経営側と協議し改善を図る当然の権利行使と利用者へのサービスの質向上という、本来ならば正比例する関係を、あたかも労働組合の存在がサービスの質の低下や施設経営危機に陥し入れるというデマゴギーで不安を煽り、労働組合と利用者家族・保護者との分断が図られたりします。また、ある福祉施設の団体交渉の場で、社会福祉法人などの福祉労働者は奉仕者であって私企業の社員のような労働者性は有しない、よって組合活動は制限されて当然だと言い放った、いわゆる組合対策を生業とする経営法曹会議所属の弁護士もいたということも聞いたことがあります。
これらのような、社会権・生存的基本権行使である労働組合に対する無理解や敵対感情、詐欺師的な弁護士のトンデモない主張などを正論で覆すことは簡単ですが、悲しい哉、「公務員=公僕」「教師=聖職者」という主張同様、福祉労働者も聖職者・奉仕者で、労働組合を作って要求行動などするべきでない、いや、そんなことされると自分たちの働きぶりが厳しい目で見られて迷惑、ということを労働者の側が主張することがあり、少なくとも長期的にも漸進的にでも、団結を求める側や共に手を携えて社会保障と障害福祉の前進を目指さなければならない側の持つ無理解はなかなか根強いものがあります。この身内からの批判は私たち労働組合活動の蹉跌となり、何としても乗り越えなければならない課題です。
このように膾炙されている公共の福祉に携わる労働者の権利に対する無理解の本を正すと、公務労働者に限って言えば、憲法違反の1948年のマッカーサーの指令である「政令201号」の公務員の争議行為禁止に遡ります。その後、労働組合の運動によって法整備が図られたり、時の政権によって解釈は揺らぐものの、その基本は変わっていません。諸外国では警察・消防に携わる公務員にも争議権を含む労働基本権は保障されており、ILOは、日本が批准しているILO87号条約、98号条約に基づき、日本政府に対して2016年6月に第10回の勧告が採択されています(因みに、ある元某自治体職員で社会福祉士は自治体職員労組がストライキをやったから市民の支持を失ったと組合批判をしていたが …???)。全体の奉仕者ならば憲法で保障されている基本的人権が制限されてもいい、それを主張すること自体間違っているという解釈が、誤って労働者・市民に流布され、使用者側に都合よく利用されている淵源となっていると言えます。ましてや、使用者側に橋下徹のような“民意”を背景にした独裁者が現れた場合、前述した悲劇が立ち現れてくるのです。
そんなことを考えていた時に、全国労働組合総連合(全労連)の機関誌『月刊全労連』2012年10月号に、大阪市立大学名誉教授・西谷敏先生が「橋下市政と公務員・公務員組合」を寄稿し、現在、PDFで論文が公開されていることを知りました。特に、橋下徹の民主主義観と彼を支持した“市民”の法意識・権利意識についてわかりやすく触れられていて大変興味深い論考です。是非ご一読ください。

『ブラック・デモクラシー 民主主義の罠』晶文社 2015年
また、どちらかと言えば保守主義的な立場から橋下徹の政策を徹底批判した『ブラック・デモクラシー 民主主義の罠』という本があり、湯浅誠氏と中野剛志氏の対談「民主主義を建て直すということ」の中で、地域社会の市民参加を促し調整する、行政と市民の架け橋となる中間団体(もちろん労働組合も含まれる)の重要性が語られています。こちらも機会がありましたら、ぜひお読みいただきたい対談です。
公立施設の職員も社会福祉法人・NPOの職員も福祉協会事務局職員も賃金で所得を得て賃労働している被用者であり、共に労働基本権を享有していることに変わりありません。公務員から労働基本権を奪い、人件費を削減することは公共サービスを低下させることに繋がります。報酬のマイナス改定、福祉労働者の労働条件を改善しなければ、福祉サービスの質量の低下を招くことは言うまでもありません。官民問わず非正規労働者が激増している現在、今こそ労働者の団結が求められ、労働組合の強化発展が望まれる時代、インクルーシブな市民社会の要としての力を発揮させなければならない時代となったと言えるのではないでしょうか。■
…The end