本団交の中で、当該組合員が水内事業課課長代理に「あなたの指⽰は聞かない!認めない!⼀切聞くつもりはない!」と言った!という件を協会が持ち出した話の流れで、それが誤解も甚だしいことを指摘したところ、これは藪蛇…ヤバいと焦ったのか、O常任理事が「具体的に協会事務局内の仕事のパフォーマンスを上げてもらうためにはどうしたらよいか」と話題の矛先を変えた。
それはそれで結構な提案なのだが、経営側としてどういう考えを持っているのか、それはこっち(労働者及び労働組合として)が聞きたいよ…と思ったところ、ふと頭を過ったことがあり、当該組合員は本団交の最後の締めにこういう話をした。
(当該組合員) 人間関係が良好じゃないとうまく仕事が回らないというのは、こんなのは昔から明らかな話であってですね。ホーソン工場の実験をご存じかどうか知りませんけども、経営学、心理学では当たり前な実験があって、エビデンスもあるんでね。なので、特定の労働者を排除するという疑念を持たれるようなことをやらないで、尚且つ、組合員を差別的に取り扱ったり、標的にして監視してやろうという様なことは一切やめていただきたいということを最後に申し上げます。
頭を過ったのは、この「ホーソン工場の実験」のことである。有名な経営学、心理学の初期の人間関係論的アプローチの研究なので、彼等もたぶん知ってるんだろう…(?)とは思うが、一応、ご存知無い方の為に、この実験のあらましを極々大雑把に紹介する。
ホーソン工場の実験から学ぶ

ホーソン工場でのリレー組み立て実験作業場の様子(1930)
ホーソン工場の実験は、工場の生産性の調査の為の実験で、1927〜1932年、アメリカのイリノイ州シカゴにあったWestern Electric社(AT&T社の電機機器製造事業部門)のホーソン工場(the Hawthorne Works)で行われた。ホーソン工場は労働者40,000人以上が働く大工場であった。
当時は近代的経営管理の手法としてフレデリック・テイラー(Frederick Taylor)の「科学的管理(scientific management)」が主流であったが、生産性向上の為には労働者の労働安全衛生や福利厚生、従業員満足度が重要であることにも目が向けられ、其れ等に取り組み始めたところで、ホーソン工場も同様であった。そこで、Western Electric社ではHarvard Business Schoolで、生理学・心理学・人類学の研究を基盤とした人間関係の研究をしていたエルトン・メイヨー(Elton Mayo)教授等の協力により、6人の女子労働者を実験用の作業場に集め、何が作業効率や生産性向上に寄与するのかを実験することとなった。また後に、21,000人以上の労働者に面接調査を行い、仕事の事から個人的な思いに至る迄、自由に率直な意見を聴取した。
此れ迄、作業場の照明の照度や報酬を変化させても、それによって、作業効率や生産性が大きく変化することはなかったが、この実験を通して、“仲良く”なった被験者(労働者)等は、informalな人間関係の良さや、会社や仕事に対して物を言う事ができるに自由な気風によって、集団としての結束力が強まり、協働して取り組む仕事への自発的な意欲の向上と共に、作業効率や生産性も向上するという結果を齎した。*
* ホーソン工場の実験の概要は、Harvard Business Schoolの“The Human Relations Movement: Harvard Business School and the Hawthorne Experiments, 1924-1933”を参照。実験の詳細についての資料も公開されている。
尚、この実験結果については、実験方法や得られたデータから、この様な結論に結び付けることに対して批判もある。また、「ホーソン効果(the Hawthorne effect)」として、観察者効果的な側面のみが強調される嫌いがあるが、それだけがこの実験から得られたことではない。
協会事務局職員の「仕事のパフォーマンス」の向上を目指す気があるならば、知っていていいマネジメントにおける人間関係論的アプローチの先行研究であり、事例なのだが…如何?
P・F・ドラッカー『企業の概念』の出版事情から学ぶ

P・F・ドラッカー(著)/上田惇生(訳)『ドラッカー名著集11 企業とは何か』 ダイヤモンド社 2008
本団交では、協会の東京都労働委員会での和解の履行状況の確認とそれに伴う業務遂行体制の見解が議題となった為、協会管理職等の認識の一端が窺え、一連の本団交報告記事の中で、当該組合員の所感から批判的に報告しているが、組織のマネジメントに関係して思ったことがもう一つあった。それは、経営学者のピーター・F・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker)が著した『企業の概念』(原題 “Concept of the Corporation”)**とその刊行後の反響である。
** 現在、入手可能な邦訳書の書名は『企業とは何か』(ドラッカー名著集11 プレジデント社 2008年発行)。
ドラッカーの『企業の概念』は、1946年に著され、後のドラッカーの経営思想の嚆矢となる著作である。
この著作は、アメリカの巨大自動車メーカーであるGM社(General Motors Company)が、外部の意見として経営や会社組織の分析をドラッカーに依頼、1年半に及ぶ調査を行なった結果を基に、第二次世界大戦後の産業社会と企業の在り方への提言を織り交ぜながら論じた名著である。
GM社の企業分析のみならず、産業社会の未来や企業の責任として果たすべき社会的役割というマクロな視点から、組織におけるリーダー育成の重要性、企業の完全雇用の責務、労働者の権利と経営参画へ向けた機会の確保というミクロな視点、GM社の特長でもあった、集権的な経営ではない、事業部毎の分権制を取り入れた経営手法を紹介している。本書は、企業経営・組織のマネジメントは固より、初版発行から70年以上の年月を経った現在、ソ連型社会主義体制崩壊後の行き過ぎた自由市場経済への警鐘を感じさせる論述もあり、これは後年(1993年)の著作である “Post-Capitalist Society”(邦訳書『ポスト資本主義社会』ドラッカー名著集8 プレジデント社 2007年発行)で論じられる、イデオロギー対立を超えた(とは言え、資本主義経済側の論調ではあるが…)経済・社会の将来への視点も窺える。***
*** 本論とはズレるが、参考迄に、Harvard Business Reviewのインタヴュー記事 “The Post-Capitalist Executive: An Interview with Peter F. Drucker” を紹介したい。
兎も角、広範な内容を細かく紹介するとキリがないので、興味が湧いた方は是非読んでみて欲しいのだが、本書を紹介したいのはこの著作が世に出た後のお話である。
結論から言うと、GM社はドラッカーに経営分析を依頼したにも拘らず、そのコンサルテーション及びそれを基に著された本書を全く受け入れず、「攻撃的で左翼的な敵意」「売上と利益に苦労しているのに余計なことを書いている」といった批判を行う始末で、GM社内では禁書扱いされたという。GM社は、我が社の経営手法は完璧であり、外部の人間にとやかく言われる筋合いはない!ということだった様だ。だったら依頼するなよ…って話なんだが。(笑)
ドラッカーによれば、①(GM社が言う様な完璧で)不変のマネジメントは存在しない ②従業員の意欲を高め、労働力をコストではなく資源として捉える ③企業は公益性を持ち、社会の問題と関わりを持たざるを得ない…という主に3つの提言が、GM社に受け入れられなかったと述べている。
②の従業員政策について少し紹介すると、福利厚生と共に労働者に責任を与え、マネジメント視点を持たせ、自立的な職場コミュニティを形成する、という提言で、当時のGM社Charles E. Wilson社長(当該註:後の第5代アメリカ国防長官)には好意的に受け入れられ、企業年金制度の導入と大規模な従業員意識調査、今日で言うところのQCサークル活動を産業史上初めて行ない、前述した「ホーソン工場の実験」の様な生産性・品質改善と労働者の仕事に対するモティヴェーションの向上が図られたという…が、他のGM社経営陣と全米自動車労働組合(UAW: United Auto Workers)の強硬な反対に遭い、実権が乏しい雇われ社長だったWilson社長は途中で断念せざるを得なかった様である。反対した経営者等にしてみれば「マネジメントするのは我々であって、ヒラの工員ではない」「従業員が欲しいのは金」というのが理由であったらしい。その他の要因(例えば、原価至上主義や顧客よりも自社組織の都合を優先等々)もあったが、その結果、GM社の自動車の品質は落ちて行った。
“俺様のやり方は世界一”は、確かに77年間世界一の販売台数を誇る自動車メーカーだったので、外部の意見に耳を傾けようとしないのは有り得る話とは言え、当時、ドラッカーが評価していた事業部の分権制も次第に中央集権的なトップダウンの意思決定へと傾き、マネジメントが硬直化、この様な組織体質は益々顕著になって行き****、その他経営戦略の見通しの甘さもあって、2008年にはトヨタ自動車株式会社に自動車販売台数を抜かれ、2009年には総額1,728億ドルの負債を抱え、連邦倒産法 Chapter11を申請し、GM社は倒産した(すぐ後にほぼ国有化されて再建することになったが)。
尚、ドラッカーの『企業の概念』は、GM社のライバル企業であるFord社(Ford Motor Company)再建の教科書になったというから皮肉なものである。
**** J・パトリック・ライト(著)『晴れた日にはGMが見える──世界最大企業の内幕』新潮社 1986
まとめ
本団交に出席した日の出福祉園の南部労組H特別執行委員が、自身の組合ブログ「ゆにおん同愛会 なんくるブログ」で驚いていた、
「他の事業所のことが関係ないのなら経営コンサルタントの仕事は成立しません。協会の管理職は外部研修には参加しないのでしょうか?」
は、全くその通り。当該組合員が知る限り、協会の管理職は管理職に必要な研修など受けていない。否、協会の管理職どころかその他職員も真面な研修など受けていないし(唯一の例外は、以前本組合掲示板ブログで紹介した、前協会顧問弁護士が講師となって行われた「組織の統制(?)・ハラスメント職員研修」くらいか?)、事務局長や課長、課長代理になるからといって、管理職として相応しいか否かの昇進試験であったり、資格取得であったり、管理職としての研修等々…そんな人材育成制度や透明性のある人事評価等、全く無いのは問題では無いだろうか。
本記事冒頭でO常任理事の発言を取り上げたが、何も「仕事のパフォーマンスを上げる」ことに無策で良いと思っている訳ではなかった筈だ。
何故なら、O常任理事も協会に就任当初、協会事務局職員と個別に面談を設けたことがあり、常識的なマネジメント感覚の持ち主なのだな…と思ったものだったが、残念乍ら、それはたった1回きりで終わってしまった。
因みに、UAWの様に我が組合が反対した訳では無いので為念。GM社の経営陣と同じ様なことを言った輩が居るんじゃ無いか?と邪推するが…どうだろう?
Western Electric社のホーソン工場やGM社と日本知的障害者福祉協会事務局とでは、組織の規模が“駿河の富士と一里塚”くらい懸け離れていて比べ様も無いが、団交に出て来ている各課長、和解協定書を読んでいない課長代理、そして、団交から逃げ回っている事務局長には、本記事で取り上げた「ホーソン工場の実験」を教師とし、『企業の概念』出版を巡るGM社の対応を反面教師として、積極的に外部研修に参加し、外部の意見に耳を傾け、管理職として必要なマネジメントの“いろは”を学ぶべきである。
其の為にも、先ずは事務局長の末吉は団交に出て来て、組合の要求に真摯に向き合わなければならない。
協会会長の井上さん、どう思います?
最後に、企業や団体その他で働く人間の本質について語ったドラッカーの言葉を取り上げて【番外編】を終えたい。■
「人は機械ではなく、機械のように働きもしない」
──P・F・ドラッカー(著)/上田惇生(訳)『ドラッカー名著集13 マネジメント(上)──課題、責任、実践』p.234 ダイヤモンド社 2008
† 当該組合員は経営学の門外漢で、本記事はこれまで読んだ本からの知識の寄せ集めの為、正統でacademicな経営学から見て、「何言ってんだ、この素人が…」とお思いの読者もいらっしゃるかもしれません。間違いがありましたらどうぞ遠慮なくご指摘ください。†
…The end