[告知]社会福祉士資格取得〜何故、人は人を助けるのか〜 part 2

最初の投稿からだいぶ時間が空いたが、part 1からの続きである。

労働相談における相談援助実践の現場から

part 1では当該組合員が社会福祉士を目指した理由を4つ紹介したが、もう1つは現実的な理由で、当該組合員は地域合同労働組合の役員をしている事から、屡々、職場での未払い賃金や解雇、退職勧奨、雇い止め、ハラスメント等々の労働相談への対応を行う場合があるからである。

労働相談に訪れる来談者は、個別な労働問題に併せて、ワーキングプア状態であったり、心身の健康上の問題を抱えていることが多い。実際に、本組合掲示板ブログを読んだ、一般就労している知的障害者の支援者の方からの相談も受けたことがあるし、障害者手帳を取得している精神障害当事者の組合員もいた。
障害者雇用枠で一般企業で就労しているが、使用者側が「過重な負担」とまでは言えない程度の合理的配慮にも欠ける場合や障害者への差別的言動が著しい等、使用者側との団体交渉を行ってきた経験がある。
仮に本来の労働問題が使用者側との団体交渉や争議によって解決したとしても、その後の生活課題を労働組合としてどのように支援して行けるかが課題となる場合あり、福祉の現場での実践とは異なるものの、来談者と面接・相談を行い、相談者の要求からニーズを共有し、課題解決に向けて支援していく、その過程に於いてはソーシャルワークと共通の物がある。

労働組合としての労働相談(相談援助)は、個別課題の解決の目標や方向性としては解雇撤回であったり、未払い賃金の支払い、労働条件の改善、労働者の権利擁護等となり、所謂、一般的なソーシャルワーク実践と異なる。しかし、共通する大事な事は特に初回のインテーク面接である。社会福祉士としての面接技術や相談援助の方法の知見は、労働相談でもその実践に多くの示唆を与えてくれるものである。

実際に行なっている労働相談はきっかけとしてメールで概要を伺う事が多いが、初回面接は組合事務所に来所してもらい構造化された場所での面接を基本としている。
来談者は心身共に行き詰まった状態で相談に訪れる為、本人の訴えを傾聴し、共感的理解を持って接することが大切である。労働相談だろうとケースワークだろうと専門的な面接技術はあった方が望ましい。
また、本人の要求は何かを明確にし、それに向けて本人の強みを探り、当該組合員の役割として何を任せられ、他の組合員がどの程度それを補佐して職場との交渉(団体交渉)に臨めるか、組合側の解決案を安易に押し付けず、本人の要求にからニーズを探り、具体的な短期的な目標と中長期的な目標の設定を図らなければならない。

その為にも弁護士や労働基準監督署、行政の労働部局など他の専門職・関係機関との連携も図って行く場合がある。他機関・他職種との連携である。
前述した様に、貧困状態にあったり心身に障害を抱えている組合員の場合は、生活保護や障害年金の申請に付き添う必要も出て来る。

尚、これ迄の労働相談の経験から、来談者には職場の問題以外にも、家族関係にトラブルを抱えているケースもあり、不用意に家族や家庭について立ち入った質問や相談員が気づかない内に審判的な態度を取ってしまうと、来談者の心の琴線に触れ、不満や怒りを増幅させ、不信感を抱かせる事にもなりかねない為、結構気を遣うのも福祉的なソーシャルワークと共通する部分だ。
言う迄もないが、来談者の秘密の保持は必須である。

この様に、ソーシャルワーカーの活躍の場は、所謂、福祉現場ではなく、職場生産点と生活点との接合にもある。

職場生産点と生活点の接合*

労働界でも企業別・産業別の労働組合組織を超えて、地域社会や福祉機関との連携による、労働相談から生活相談へのワンストップサービスの在り方が模索されて来たが、労働組合が未だその機能を十分に果たせてきたのか、非正規労働者の未組織化や貧困・格差が広がっている現状を鑑みるに、議論の分かれるところである。
また、福祉界においては課題中心アプローチの短期処遇に見られる効率的なミクロなソーシャルワーク実践が中心で、貧困や非正規労働、福祉現場の人材確保の困難さ等の背景となる社会施策への批判的なマクロな視点からのソーシャルアクションに福祉関係者が積極的に取り組んでいる様には思えない。

現実的な問題として、加入率が年々下がっている労働組合の現状は加入者獲得の為に背に腹は代えられない部分、労働組合の存続を賭けた取り組みも考えなければならない。一方、障害福祉サービスの報酬算定上、現行制度のケアマネジメントシステムに乗った支援体制に従わざるを得ないところはある…つまり、組織の運営・経営を度外視した取り組みは持続不可能で、組織も構成員も共倒れになってしまっては元も子もない。
とは言え、職場生産点と生活点の接合を考えるならば、果たしてこの現状のやり方だけで生活と労働の接点への働きかけが可能なのか? 非常にジレンマを抱える処ではあるが、相談者を労働組合の新たな組合員の獲得としてだけでは無く、生活者として捉え、相談に訪れた人が幸せな人生を歩んで行ける様にする、そして、次代の運動を担って行ける様に当事者の持つ力を引き出し(empowerment)、育成して行く為には労働組合はどういう支援をして行けばいいのか、一般合同労働組合・地域合同労働組合には、企業別労働組合とは違った、多面的な視点からの個別支援と連帯・団結、地域連携(community organization)がより必要となって来る。

* 本節については、以下の2つの文献を参照されたい。
日本労働組合総連合会(編)『HOW TO 地域自主福祉ネット ワンストップサービス展開の手引き』日本労働組合総連合会 2006
山崎憲「特集 労働組合と社会的活動 労働と生活の接合点を求めて──コミュニティ・オーガナイジングに学ぶこと──」『労働の科学』pp.4-7 Vol.70 No.6 労働科学研究所出版部 2015

…と、こんな事を書いていると“階級闘争の視点がないぞ!”と怒られそうだが。(笑)

岡村重夫先生の生活者原理の視点

岡村重夫先生(社会福祉学者 1906年10月21日生〜2001年12月22日没)は生活者原理(社会福祉援助原理)として、4つの原理を提唱した。
それは、目の前の人達の現実的な課題解決に向けて必要なサービスを提供すること(現実性の原理)はもちろん、その人達のストレングスにアプローチし、エンパワメントを引き出し、自己決定を促すこと(主体性の原理)も重要である。また、その人達の生きづらさは取り巻く諸々の社会関係と切り離して考えることはできない(社会性の原理)、その人達の全人的な生活課題を捉えること(全体性の原理)である。

福祉的支援を必要とする人の生活に根ざし関わる事は、それが労働相談であっても、福祉的支援の相談であっても、労働組合員として、ソーシャルワーカーとして持つべき、“人を助ける”共通の基盤となる。

何故、人は人を助けるのか

協会の事務仕事を通して多少なりとも障害者の福祉に関わっていて、労働組合で活動していて思う事は、人を助ける仕事、福祉の仕事って何なんだろうなぁ…と漠然と考えていた。社会福祉士一般養成施設での学びはそれを言語化する訓練だったと言っても過言では無い。これは結構苦しい修行で、養成課程を修了し、資格取得した今でも自分に出来るかどうか自信が無い。

何故、私達は生活に困難さを抱える人を助けるのか。我々は“善きサマリア人”**足り得るのか。

** 新約聖書「ルカによる福音書」10章25節37節

津久井やまゆり園事件の植松聖死刑囚も在職中には入浴介助の際にてんかん発作で溺れかけた利用者を咄嗟に抱きかかえて助けたという***。人を助けたいという福祉の心が芽生える瞬間は誰にでもあるのだろう。

*** 渡辺一史「内部資料が明かす植松聖死刑囚と津久井やまゆり園の支援の実態」『創』2021年8月号 p.31 創出版

社会福祉士は人を助ける為の専門性があることを証した資格だ。ソーシャルワーク実践・専門技術に加えて、その目的と価値、知識、方法、倫理…でも、人を助けるって何なんだろう。


以上、労働と福祉、人を助けるって何だ…社会福祉士の資格を取得して見えて来る物はあるだろうか、と言うのがもう1つの理由だった訳だが、やはり簡単に答えは出ないし、見えた様な見えない様な…という煮え切らない締めでこの話を終わる。
折角取得した資格…というか学んだ事を、残り少ない人生、つらつら考えて行こうと思う。

さて、時期も時期だし、時間があったら、職場闘争報告記事の合間に、社会福祉士国家試験に向けて、幸運にも一発合格した自分が取り組んだ自己流の勉強方法でも紹介しようかな(予定)。

…The end

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