[日々雑感]擬制の時代区分としての“元号”〜『愛護ニュース』2019年4月号「浜松町から」を中心に〜

『愛護ニュース』2019年4月号(1面)

協会には『愛護ニュース』というA4判の月刊の機関紙がある。各会員の皆さんには一部送付されているので目にしている方も多いだろう。
国・省庁の動きや協会活動、協会事業の広報が主な内容なので、大まかに協会に関する“中央情勢”を知ることができる。

『愛護ニュース』には「浜松町から」というコラムがある。これは常任理事や事務局長が書くコラムなのだが、昔、全国たばこセンタービル(東京都港区西新橋)に協会事務局があった頃は「西新橋だより」、現在のKDX浜松町ビル(東京都港区浜松町)に移転してからは「浜松町から」とコラム名に変遷はあれど、編集後記的な内輪話に変わりはない。

さて、今回取り上げるのは2019年4月号の「浜松町から」。書いているのは末吉事務局長だ。
末吉執筆の「浜松町から」は『愛護ニュース』の掲載記事をダイジェストしただけの手抜きも多いが、400〜500字程度の文章の中によくこれだけ関係ない話を散りばめられるなぁと感心させる、なかなかアクロバティックな構成の作文もある。
今月号は後者のパターンで、「人との出会い」「新元号」「意思決定支援」「『さぽーと』のカラー頁が増えた」「基礎講座が新テキスト」を、ぎゅっとこの小さなコラムの中にぶっ込んでいて、一体其れ等のモチーフがどういう関連があるのか俄かには理解できないのだが(特に「意思決定支援」)…う〜ん、何となく「人との出会いを大切にしよう!」みたいなことを言いたいのは解る。(笑)

『愛護ニュース』2019年4月号「浜松町から」の全文転載は控えるが(施設に配布されているのものを読んでみてください)、

「よく、人との出会いは人生の大きな財産だと言われます。」

と、冒頭から小学生でも「うんうん」とナットクする様な易しさ、しかし、いい大人が聞くとゾワゾワするような書き出しで始まり、中盤で

「本会では知的障害のある方々の意思決定支援に取り組んでいます。改めて「意思決定支援」を考えると、特別な支援方法ではなく、利用者の気持ちに近づき、その想いを実現するための支援者の努力の積み重ねが前提になるのではないかと思います。」

と、ここで突然「意思決定支援」が出て来る。

「本会は意思決定支援に取り組んでいます」は此処何回か連続して出て来るいつものフレーズで、“またか…”と思うところに、「改めて」って…。間違いとは言わないが「気持ち」「想い」「努力」という曖昧な言葉じゃなくて、此処ははっきりと、支援者の代行決定や当事者の意思決定能力の不存在を前提としない、当事者の意思の決定への支援でいいんじゃないの? それで普通に解るだろう。

それにしても、何時も思うのだが、彼は誰に向けてこのコラムを書いているのだろうか? 恐らく『愛護ニュース』の主要な読者は施設長・管理者である。其の様な人達に向かってこんな程度の内容を上から目線で「私は…思います」と語れるのがスゴい。
協会には会員各法人から広報紙が届く。中でも教養や経験の幅が広く、高い見識を持つ其れなりの地位にある人達が綴る重厚な論考や随想は、私にとっては次号が楽しみなものだが、果たして彼は目を通しているのだろうか?

しかも、彼は協会事業の一つである「小・中学生障がい福祉作文コンクール」で応募してきた小・中学生の作文を審査したり、全国此処彼処の研修会に出かけて「中央情勢報告」しているのだから、人は権力を握ると中身は兎も角も、何でも出来るんだな。さすが、“偉い協会の事務局長”だ。
組合掲示板ブログで事務局職員オルグの為に駄文を綴る、万年ヒラのペイペイの当該組合員には、とてもじゃないがこんな文章は書けないし、況してや協会機関紙に公表することなど出来ない。何故なら、いやぁ〜なんか…ちょっと…恥かし…いや、言う迄も無いだろう。

さて、前振りが長くなったが、此処から本題に入る。

天皇の生前退位の関係で、何処も彼処も「平成最後の」だの「“令和”最初の」何とかだの、天皇制に基づく時代区分に何かしらの意味性を持たせるような修飾辞が氾濫している。
無論、マスコミは大した内容じゃないツマラナイ記事に、時流に合わせたネタを付けて便乗している職業的マンネリズムなのだろうと思うが、一方、何かしら挨拶したり、原稿を書いたりしなければならない素人にとっては、「平成」だ「令和」だと新元号が何か新しい時代の節目であるかのような書き出しは、陳腐な内容を取り繕う便利な“枕詞”でもある。

『愛護ニュース』2019年4月号「浜松町から」

御多分に洩れず、末吉執筆「浜松町から」にもこう書いてある。

「愛護ニュースがお手元に届く頃には新しい元号が発表されていると思います。新元号となる今春に社会人になる方々は、これから多くの出会いがあると思います。私自身、平成元年に社会人になってから人との出会いを通して、多くのことを学びました。」

彼自身の個人的経験にどうこう言う気はないが、『愛護ニュース』の一記事として、「元号」という時代区分と福祉の関連について書くのなら、「平成元年」に施行された精神薄弱者地域生活援助事業(グループホーム)や翌年の福祉八法(児童福祉法、母子及び寡婦福祉法、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、老人福祉法、老人保健法、社会福祉事業法、社会福祉・医療事業団法)改正が社会福祉法制度のメルクマールとなり、そして現在の地域生活・在宅福祉サービスへという経時的な流れの方が内容としては社会性があろう。無理に「元号」という時代区分に合わせてだったり、気を遣って原稿を書くなら、福祉関係者の端くれとして、自分ならそうするだろうな。

また、「元号」を協会の事業に絡めるなら、唐突に「意思決定支援」の大雑把な話にぶっ飛ぶんじゃなくて、「平成元年」に開所した協会の社会福祉士養成所の果たしてきた役割や意義、今後のソーシャルワーカー育成戦略に話を繋げた方がいいんじゃないか? ただでさえ、学生募集も低調だし、合格率も低迷しているのだから。

とは言うものの、無理矢理「平成」の時代区分に合わせるのならば…であって、天皇個人の去就に依拠した「元号」の変遷と此れ等の事柄が関係があると言う話では勿論無い。
天皇が代替わりし、元号が変われば、何か障害者の福祉が前進したり、協会の事業が拡大・成功したりするのか? それならばそれで結構な話だが、当然そんな訳はなく、単なる気分、それこそオカルト的思考が蔓延していたら、そんな組織や社会は相当危うい。擬制に基づいて社会現象や社会的効用を語るのはそろそろ終わりにしよう。
天皇個人の生物的社会的役割による擬制の時代区分ではなく、数多無名の人民の重層的な営為の所産である真制の歴史から学び、考えようではないか。

「改元」について「まあ、なんか新しい時代気分でいいんじゃないの」と茫として思う人もいるかもしれないが、卑近な目線から見ても「改元」に伴う実務的な面倒臭さがある。「元号」の変更によって年号表記に関する既存の事務処理システムの変更をしなければならないからだ。一部の省庁では「元号」を廃する動きもあるようだし(例えば、外務省)、今後は特殊な例を除いて、他の省庁も西暦表記に統一して欲しいものだ。法的な根拠は無いのだから。
因みに、元号法は、70年代(勿論、西暦で)の右派勢力の元号法制化運動により、1979年6月12日に公布・施行となったが、条文はたったこれだけである。

1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
附則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

協会の『さぽーと』誌の編集について言えば、特に決まりはないのだが、記事・論文の表記も国内の出来事は止むを得ず、本記事のアイキャッチイメージの様に、西暦(元号)併記にしている。面倒な上に、かつ無駄に字数を浪費しており、煩雑極まりない。それでも、単年についてならまだしも、執筆者に「昭和40年代」などと書かれると、西暦併記もできずに、そのままにするしかなく、表記の混乱は避けられず、歯痒い思いをすることが屡々だ。

「西新橋だより」『愛護ニュース』1989年2月号から

最後に「平成元年」の『愛護ニュース』1989年2月号の「西新橋だより」の書き出しを紹介したい。執筆者は当時の事務局長のW氏(元厚生省官僚)だ。

「昭和から平成に改元されたが、わが愛護ニュースや協会の各種の公的文書は、従来の方針を維持し、きわめてスムースに「平成」年号が用いられている。」

「平成」ナントカと駄文を綴らず、とっても事務的でWさんらしいものであった。(笑)
其れにしても当時の事務局長の文章を見よ。内容(時代性もあるからいくらか差し引いて見ても)・筆力共に、末吉執筆の「平成」最後の「浜松町から」とは比べ物にならない。同じ事務局長でも、子供と大人程の開きがある。これが協会事務局の「平成」の時代の歩みの一つの帰結である。

次号の5月号はO常任理事が「浜松町から」を書くのだが、新元号「令和」になって云々とか書き始めるのかな? 今から楽しみである。*

*(2019.4.26追記)予想通りであった…。~ ~;


それにしても、今月号の「浜松町から」には、協会の機関誌・研究誌である『さぽーと』のことを『月刊誌さぽーと』と記しているが、正式な題号は『さぽーと 知的障害福祉研究』なんでね。事務局長なんだから間違えないようにね。

さらに、ついでに言うと、「令和」という“新しい時代を迎えた”のを機に、「人との出会い」を大切にするならば、君は組合との団交から逃げていないでちゃんと出て来なさい。より「多くのことを学」ぶ良い機会になると思うが?「令和」の時代の事務局長に期待しているぜ。

…The end

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