閑話休題」カテゴリーアーカイブ

[職場闘争]12・27協会前情宣行動 〜“年末恒例!2024年仕事納め”情宣〜

2024年12月27日(金)、日本知的障害者福祉協会事務局のある東京都港区は晴れてやや暖かく、屋外で活動するには良い日和であった。いつもこの時季の協会前情宣行動は好天に恵まれている。
今年で7回目、その年の締めとして、日本知的障害者福祉協会事務局はじめ多くの職場の仕事納めの日に“仕事納め情宣”を行なった。

べートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」の公演の様に、東京都港区浜松町2丁目周辺で組合の年末情宣は恒例行事となった感がある(…と、勝手に当該組合員は思っている 笑)。
因みに、年末に“第九”が演奏される様になったのは、第一次世界大戦が終わったドイツで平和を願う人々により大晦日に演奏されたとの事(…を何かで読んだ記憶がある)。
日本では第二次世界大戦後、1947年12月に日本交響楽団(現・NHK交響楽団)が公演を行なった。また、学徒出陣で戦没した学生への追悼として12月に演奏されたことに拠るとの事である。*

* 「年末に「第九」が演奏される理由は?日本初演やドイツ兵との絆などの歴史と歌詞の訳も紹介」藝大アートプラザ“Art Plaza Time”より

昨年もそうだったが、本現場行動は短い告知期間(呼びかけビラ)にも拘らず、連帯労組・旧南部労組組合員含め、全都の地域合同労組・争議団、日韓民衆連帯全国ネットワークの仲間21人に結集頂いた。
年の瀬の忙しい中、遠方から駆け付けてくれた仲間からは「協会の年末行動に参加しないと年を越せない気がする」という嬉しい声もあった。感謝!

本日の情宣行動で用意した情宣ビラ『JAID UNION News No.22』には、2024年を振り返る南部労組(現 連帯労組)・福祉協会の職場闘争報告、昨年の年末行動の第1弾・第2弾の後に起こった協会(の組合対策弁護士)との書面合戦と協会の組合への支配介入行為、団体交渉の経過を掲載し、我が組合が如何に闘ってきたのか、2025年は労働者の団結力によって労働条件の向上と職場環境の改善を勝ち取って行こう!という事を、入館する協会事務局職員や通勤途中の地域の労働者の皆さんに訴えた。

いつもの様に8時30分から協会事務局のあるKDX浜松町ビルの正面玄関・通用口の二手に分かれ、結集して頂いた仲間にビラ配布をお願いし、当該組合員はビル正面でマイク情宣を開始した。
前半は経緯説明を含めている為、是迄の情宣内容と同じだが、最近の報告と訴えは後半からになる。
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[閑話休題]旧優生保護法国家賠償請求訴訟最高裁判決とその後〜『さぽーと』2024年10月号「専門委員の視点から」“旧優生保護法違憲判決”を中心に〜

月刊誌『さぽーと』を本組合掲示板BLOGで取り上げるのは久しぶりである(当該組合員の事情もあって、BLOGの記事UP自体久しぶりだが…)。

『さぽーと』2024年10月号(No.813)では、編集委員の三瀬修一弁護士(延命法律事務所)が、コラム「専門委員の視点から 旧優生保護法違憲判決」の執筆を担当し、旧優生保護法下での障害がある人達への優生手術(強制不妊手術)は憲法違反であり、強制不妊手術を受けさせられた原告等の国家賠償を認めた、2024年7月3日の最高裁判所大法廷での判決*を取り上げている。

* 当該組合員の最高裁大法廷の傍聴記は、[集会報告]旧優生保護法国家賠償請求訴訟 最高裁で完全勝利判決!を参照のこと。

此れ迄の旧優生保護法国賠訴訟で大きな争点となっていたのは、損害賠償請求権が発生から20年を経過すると消滅する除斥期間(改正前民法724条)の壁であった。
此れは1989年12月21日の最高裁の判例に拠るもので、少なくとも事実上は判例に司法判断は拘束されるのが通例だからである。
しかし、旧優生保護法の立法自体の違憲性や被害を訴え出る事の困難さからみて、除斥期間の判例を適用する事が著しく正義に反するとした2022年2月22日の大阪高裁判決がそれを覆し、此の判決に続く他の第二審の多くが同様の判決を下した。
旧優生保護法の違憲性は言わずもがなではあるが、最高裁がこの除斥期間の判例を覆したことは画期的である。 続きを読む

[集会報告]3・12あきる野市中央公民館主催・市民企画講座「優生思想とわたしたちの社会──強制不妊手術の歴史から考える──」と高裁勝訴判決その後

2022年3月12日(土)13:30〜16:00、東京都のあきる野市中央公民会主催・市民企画講座として、利光惠子氏(立命館大学生存学研究所 客員研究員)によるオンライン講演が開催された。

以前、本組合掲示板BLOGで本講座の告知をした時にも述べたことだが、この企画は東京都の知的障害者入所施設の施設の職員の方が、利光惠子氏執筆による、月刊誌『さぽーと』2020年8月号から12月号に5回に亘って連載された「優生思想と現代──強制不妊手術から考える──」を、障害福祉関係者に限らず、一般市民にも知ってもらいたいという熱意から、施設のある地域のあきる野市・日の出市民有志と共同で企画し、あきる野市中央公民館主催の市民企画講座として開催されたものであった。

当該組合員も月刊誌『さぽーと』のこの連載企画に関わっていたことから、市民企画講座の趣旨に賛同し、利光惠子氏と企画者との繋ぎ役をほんの少しだけ担わせてもらい、「優生思想を考えるあきる野・日の出市民の会」の尽力により、この度この講演が実現の運びとなった。 続きを読む

[閑話休題]移動の自由のために、いつまで障害当事者は頑張り続けなければならないのか?〜フクシノチカラ「障がい者の旅がありふれた街の風景となるように」『さぽーと』2021年5月号から、思い出すことなど〜

『さぽーと』2021年5月号の特集は「◯福連携」。「“◯”って何だよ?」と思う読者もいたかと思うが、“◯”は数学で謂うところの未知数“𝒙”という意味である。ただ、本号特集記事の“◯”は“農”がほとんどではある(同号「用語解説」も同様)。
官民挙げての「農福連携」もそれ自体は他産業と障害福祉サービスの連携・協働の一形態であるが、昨今、農福連携を利用して企業の障害者雇用を代行するビジネスモデルで収益を上げている企業も現れ、障害者と“共に”働くという共生社会の理念から乖離していると言わざるを得ない情況も生まれている。この問題については、いつか本組合掲示板ブログで当該組合員の考察を記してみたい。

(2023.10.1追記)障害者雇用代行ビジネスについては、[日々雑感]明るみに出た障害者雇用代行ビジネスの問題〜『愛護ニュース』2023年2月号「浜松町から」批判〜前編後編を参照。

「当事者が声をあげていかなければ何も変わらない」

…ということで、本記事で取り上げたいのは、特集ではなく、コーナー「フクシノチカラ」の「ひまわり号」を走らせる倉敷実行委員会・会長代理の西尾隆弘氏による「障がい者の旅がありふれた街の風景となるように」である。
寄稿頂いた記事によると、「ひまわり号」とは、日頃旅に出る機会の少ない障害者と医療・福祉の専門家やボランティアの人々が、共に列車を貸し切って1日の旅を楽しむ運動で、その発祥は、1982年に東京で初めて「ひまわり号」運行したとのこと。そして、1985年5月に岡山県で初めて運行され、12輌編成の臨時列車に障害者266名(内、知的障害児・者31名)、家族188名、ボランティア493名の合計947名が乗り込んで、広島に向かい、広島平和記念資料館を訪れたことから現在に至るまで(毎年「ひまわり号」を走らせることが倉敷実行委員会の目的とのこと)のエピソードが綴られている。 続きを読む

バイデン米大統領による「障害のある人の完全参加と平等のための計画」

2020年米大統領選挙の結果がグダグダになり、2021年1月6日に敗北を認めないドナルド・トランプ支持者が連邦議会を襲撃する前代未聞の事件も起こりましたが、1月20日、ジョー・バイデン(Joseph Robinette Biden Jr.)氏がアメリカ合衆国大統領に就任しました。

以前の本組合掲示板ブログ記事で、月刊誌『さぽーと』2020年11月号の記事に併せて、トランプ前大統領の障害(者)観を批判的に見て来ましたが、では、対立候補(であった)バイデン氏の障害(者)観や政策はどの様なものかを見てみたいと思います。
これは大統領選挙期間中の彼のweb siteにあった“THE BIDEN PLAN FOR FULL PARTICIPATION AND EQUALITY FOR PEOPLE WITH DISABILITIES”を翻訳したものです。
私の語学力不足から、全てを翻訳・転載するのは時間・労力共に困難なので、要点をピックアップして紹介したいと思います。また、何か間違いがあったらご指摘くださいませ。m(_ _)m 続きを読む

[閑話休題]ドナルド・トランプは障害者をどう見ていたのか?〜『さぽーと』2020年11月号「今月号に寄せて」“差別は恥ずかしい”から〜

『さぽーと』2020年11月号

月刊誌『さぽーと』2020年11月号は本来であれば、全国知的障害福祉関係職員研究大会(京都大会)の特集号であったが、京都大会がCOVID-19の感染拡大で次年度に延期になってしまった為、急遽、特集を差し替え、特集「座談会 知的障害のある方の尊厳を守る─日本知的障害者福祉協会としての取り組み─」になった。

特集に関連して、毎号、協会の理事が「今月号に寄せて」(旧「巻頭言」)というコーナーで協会役員の立場として発言している。11月号は協会理事で弁護士の川島志保氏(嘗て『AIGO』『さぽーと』誌の編集委員も務められた)に、特集テーマに合わせて、「差別は恥ずかしい」と題して寄稿頂いた。
川島氏の論考では、Donald Trump米大統領(以下、本人について言及する際は単にトランプと略)の持つ差別感情を、白人警察官によるアフリカ系アメリカ人への暴行・殺害に端を発した“Black Lives Matter”運動等との関連から敷衍して、人の心に潜む差別意識について論じている。昨今、差別が公然と口にされているという指摘は肯首できるし、差別に対して無自覚・無関心なトランプがアメリカの大統領となってしまった現実に、この様な社会現象・社会病理の一端が現れていると私も思う。
そこで、本ブログ記事では、トランプが障害のある人をどういう目で見ていたのかを、“僭越ながら”少々補足してみたい。 続きを読む

[閑話休題]自らのパワハラ問題を解決できない日本知的障害者福祉協会が機関誌で「パワハラ防止法」を解説?〜専門委員の視点から「大人のいじめを防止する」『さぽーと』2020年9月号から〜

『さぽーと』2020年9月号

1ページの小コラムながら実に興味深い記事が『さぽーと』2020年9月号に掲載されたので、久しぶりに[閑話休題]シリーズとして紹介したい。

執筆されているのは、月刊誌『さぽーと』の編集委員の専門委員(施設現場の編集委員ではなく、学識者・他領域の専門家)である手嶋雅史教授(椙山女学園大学)で、先生は障害福祉施設の現場経験もあり、専門領域は社会福祉学ではあるが、これまでも、本コラム「専門委員の視点から」(旧「今月の切り抜き」)で知的障害福祉の領域に限らず、時事的な社会問題等に切り込むテーマでご執筆頂いている。

日本知的障害者編集出版企画委員会(編)『現場実践から学ぶ指摘障害児・者支援[困難事例 編]』日本知的障害者福祉協会 2014年

また、当該組合員が編集を担当した協会発行の『現場実践から学ぶ知的障害児・者支援[困難事例編]』(2014年刊)でセレクトした数例の事例研究の誌上スーパーヴァイズを担当してくださった。
 
本コラムは専門委員が特集テーマ等に縛られることなく、自由に書いて頂けるコーナーなので、掲載内容の多少の事前調整はするものの、編集者である当該組合員も、どんな原稿が来るのか直前まで解らない場合もあり、今回原稿整理をする際に、頂戴した原稿に目を通し、手嶋先生の原稿がどうこうではなく、これが『さぽーと』誌に載るかと思うと、「うゎ、これは…www」と思わず笑ってしまったのであった。協会事務局にとって、正に“ブーメラン”*だったからである。

*ご存知無い方もいらっしゃるかもしれないが、「お前が言うな」的なネットスラング。あまり好きな表現ではないが…。 続きを読む

[日々雑感]人間を選別することの傲慢さへの不快感と危惧〜不適性検査について〜

哲学者イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)は、“脱”産業社会を目指し、コンヴィヴィアルConvivial: 適当な日本語の訳語が見当たらないが、強いて言えば「自由闊達で友好的な楽しさ」と言ったところだろうか、訳本*では「自立共生」と和訳されている)な社会を理想として、それを阻害する道具(システム)の使用を抑制すること説き、実際に実践していた。イリイチは「コンヴィヴィアリティのための道具」としてコンピュータを挙げており、それがインターネットの普及に繋がったという見方もあったりする**。これは当時のカウンターカルチャーとしてコンピュータ(ネットワーク)が捉えられていた時代性もあるのではないかと思うが、現在、あっという間に性能が陳腐化してしまう市場経済のシステムに組み込まれた商品となったコンピュータ、グローバルな寡占プラットフォームになってしまった“GAFA(Google-Amazon.com-Facebook-Apple Inc)”、CIANSA元職員のエドワード・スノーデン(Edward Snowden)が暴いた国家権力の監視システムとして、インターネットが、ジョージ・オーウェル(George Orwell)が『1984年』で描いた「テレスクリーン」を彷彿とさせる事態を招いている今日、もしイリイチが生きていたら、この現状においても、管理社会的な統制からの自由のための道具と考えただろうか?と思う。

* イヴァン・イリイチ(著)/渡辺京二・渡辺梨佐(訳)『コンヴィヴィアリティのための道具』筑摩書房 2015
** 古瀬幸広・廣瀬克哉(著)『インターネットが変える世界』岩波書店 1996

「コンヴィヴィアリティのための道具」であった(あってほしい)コンピュータやインターネットが、人々の欲望を掻き立てる資本主義のシステムに内包されている現状を十分に認識しつつ、当該自身コンピュータやインターネットには結構昔から馴染んでいて(好きか嫌いかは別にして)、今もあるのかわからないが、懐かしのnewsgroup、“fj”の時代から、今時のいわゆる各種SNS(Social Network Service)を使って、インターネット上で友達(大体の人はリアルで少しでも付き合いのある・あった人)と交流したり、知り合ったりしている。友達の近況も知ることができるし、全く知らなかった、関心がなかった情報に接することもできるし、私自身の(たあいないものではあるが)情報発信の手段として有効に活用している。

…で、唐突に話が変わるが、最近、Facebookのタイムラインやweb広告に「不適性検査スカウター®」という広告が頻繁に表示されるようになった。
謳い文句は「\中小企業向けの適性検査/ 頼まれた仕事を忘れる、サボり癖がある、何度も同じミスをする を見抜く不適性検査」というもので、これまで、企業での採用試験で適性検査を行っていることはあっても、「不適性検査」まで登場するとは!と驚いた。と、いうのも企業の採用試験で求められるのは必要な能力であり、適性であり、あくまで応募者のpositiveな面の評価によって、公正な採用を行うことが示されているからである***。しかし、結果として応募者が「不適性」を有することは、現実的に選考過程において、選別は避けられないことも理解できなくはない…が、そこには何某かの排除の論理をシステマティックに正当化することに繋がる危惧を抱くからである。

*** 厚生労働省「公正な採用選考の基本」 続きを読む

[閑話休題]“上司は偉い”のドグマ〜『さぽーと』2019年2月号・3月号セミナー「福祉職場におけるノーレイティング設計」から〜

『さぽーと』2018年5月号から福留幸輔氏(株式会社生きがいラボ代表・社会保険労務士)が連載している、セミナー「福祉職場におけるノーレイティング設計」。読者諸氏はお読みになっていらっしゃるだろうか。
2019年3月号をもって『さぽーと』誌での連載は終了するが、福留氏も11ヶ月分の長期連載を精力的に熟してくださったことには敬服する。また、連載中、編集サイドの意向や疑問にも真摯に、快く応じてくださったことも感謝に堪えない。

「No Rating型人事制度」の全体像は本誌の連載記事をお読みいただくとして、従来の人事給与の在り方とは違う、従業員への点数付けやランク付けに依存しない、組織の目指すヴィジョンとそれに準じた、あるべき人事制度の在り方を模索し、労働者のキャリア形成へのモティヴェーションを図る、マネジメントへの新しい視座を与えてくれた。
その全てを実行することは、日本的会社組織において、乗り越えなければならない困難さはあるかと私は思うのだが、組織の理念と労働者の情熱が営利企業に比べて、大きな比重を占める*非営利組織や福祉業界においては、制度設計がしっかり出来れば、うまく適合するのではないかと氏は連載を締め括っている。

* 付け加えると、当該組合員の考えとしては、それがdecent workでなければならない。 続きを読む

[閑話休題]労働問題2編〜『さぽーと』2019年1月号から〜

『さぽーと』2019年1月号の特集は「医療との連携を考える―ライフステージ・生活場面において―」
障害福祉と医療を結ぶ諸課題を、乳幼児期・児童期・青年期・高齢期のライフステージ毎に整理した実践的論考によって整理し、又、医療的ケア児の在宅訪問看護に携わる看護師から見た地域生活の可能性等、障害のある人達の命を守るには福祉と医療の連携は不可欠であると常々感じているところなので、本特集は大変興味深い記事であった。

特に訪問看護は私自身あまり知識がなかった所為もあり、医療的ケアを必要とする子供達と親御さんの苦労に新たな視点と、それに熱意を持って取り組む看護師の具体的なケアとマネジメントの実践には驚くばかりであった。
医療的ケアの必要な人たちの健康に生きる権利を可視化し、医療格差のない未来に繋げて行ければ良いと思う。

さて、他にも見るべき記事があり、奇しくも本号には今時の労働問題について2編が専門家の視点から論じられている。本記事では大まかにご紹介し、ぜひ本号を手に取ってじっくり読んでいただきたい。 続きを読む