[閑話休題]ドナルド・トランプは障害者をどう見ていたのか?〜『さぽーと』2020年11月号「今月号に寄せて」“差別は恥ずかしい”から〜

『さぽーと』2020年11月号

月刊誌『さぽーと』2020年11月号は本来であれば、全国知的障害福祉関係職員研究大会(京都大会)の特集号であったが、京都大会がCOVID-19の感染拡大で次年度に延期になってしまった為、急遽、特集を差し替え、特集「座談会 知的障害のある方の尊厳を守る─日本知的障害者福祉協会としての取り組み─」になった。

特集に関連して、毎号、協会の理事が「今月号に寄せて」(旧「巻頭言」)というコーナーで協会役員の立場として発言している。11月号は協会理事で弁護士の川島志保氏(嘗て『AIGO』『さぽーと』誌の編集委員も務められた)に、特集テーマに合わせて、「差別は恥ずかしい」と題して寄稿頂いた。
川島氏の論考では、Donald Trump米大統領(以下、本人について言及する際は単にトランプと略)の持つ差別感情を、白人警察官によるアフリカ系アメリカ人への暴行・殺害に端を発した“Black Lives Matter”運動等との関連から敷衍して、人の心に潜む差別意識について論じている。昨今、差別が公然と口にされているという指摘は肯首できるし、差別に対して無自覚・無関心なトランプがアメリカの大統領となってしまった現実に、この様な社会現象・社会病理の一端が現れていると私も思う。
そこで、本ブログ記事では、トランプが障害のある人をどういう目で見ていたのかを、“僭越ながら”少々補足してみたい。

実は、今年は「障害を持つアメリカ人法」“Americans with Disabilities Act(ADA)” が成立してから30年を迎える。『さぽーと』の読者諸賢や本組合掲示板ブログをご覧になっている方には最早説明は無用と思うが、障害のある人への差別禁止や社会参加促進、inclusiveな社会を目指す為の法律で、特にこの法に謳われる障害者への「合理的配慮」“reasonable accommodation”を含む法制度は、国連・障害者権利条約や世界各国の障害者差別禁止・権利保障法制定のベンチマークとなった。

さて、ADA30周年絡みの記事をウェブで読んでいた時に、気になるページを見つけた。それはUSA Today紙のオンライン記事で、政治学者John J. Pitney Jr. 氏のレポート「障害のある人を大切にしないトランプの憂鬱なADA30周年」“A wistful 30th ADA anniversary with Trump, who doesn’t care about people with disabilities”という記事だった。
John Pitney氏は、ADAが成立した時にGeorge H. W. Bush大統領で良かった、障害者への差別意識を持つトランプの様な人間が大統領であってはならない、と慨嘆し、如何にトランプが障害者差別感情に満ちていたか、その証拠や証言を集めて論じている。以下、この記事から幾つか拾い出してみる。


先ず、まだトランプが不動産業に勤しんでいた頃、トランプ・タワーの設計に携わった人の話によると、同施設のエレベーターの行き先階ボタンに視覚障害者の為の点字を付けることをトランプに説明したところ、「そんなものはいらない。トランプ・タワーには視覚障害者は住まない」と叫んでいたとのこと*

* “Donald Trump Ordered Illegal Removal of Braille Because ‘No Blind People are Going to Live in Trump Tower’” Newsweek, 2018.9.12

Mary L. Trump “Too Much and Never Enough: How My Family Created the World’s Most Dangerous Man” Simon & Schuster 2020

また、2020年7月に出版されたトランプの姪のMary Trump氏の暴露本“Too Much and Never Enough”**によると、祖父のFred Trump(Sr.)の遺産を巡って、トランプらを相手取った訴訟の最中、トランプはMary Trump氏の兄の故Fred Trump(3rd)の脳性麻痺のお子さんの医療費の援助を打ち切ることを告げたという(その後和解)。これについてトランプは「それはしょうがない。誰かが私の父を訴えたのだから」と悪びれもせず、冷たく言い放ったそうだ***

** 副題は、“How My Family Created the World’s Most Dangerous Man”「いかにして私の家族は世界で最も危険な男をつくってしまったのか」。

*** “INSIDE TRUMPS’ BITTER BATTLE Nephew’s ailing baby caught in the middle” New York Daily News, 2000.12.19 

2015年12月24日、サウスカロライナ州で行われた2016年米大統領選での支持者集会で、 New York Timesの先天性多発性関節拘縮症のSerge Kovaleski記者の不自由な体の動きを真似しながら、“Now, the poor guy, you’ve got to see this guy, ‘Ah, I don’t know what I said! I don’t remember!’”と言って、嘲った。
下記がその時の動画だが、不快な気分になるので閲覧注意である。

これについて、トランプは自身のTwitterで、「ニューヨーク・タイムズの記者は知らないし、どんな見た目なのかも知らない」などと言い訳していたが、全くの嘘で、Serge Kovaleski記者は以前からトランプとは親しくしており、自分のことを知らない訳がないと話す。モノマネにも、その口ぶりにも、明らかに障害のある人を蔑視していると見るのが普通だ。

他にも、“R-word”と呼ばれる“ret”“retard”など、知的障害者に対する差別表現も公の場で連発している。

これらは全て2016年米大統領選挙の前の出来事である。
私は、こんな「恥ずかしい」(ashamed)差別野郎(the guy who discriminates against people with  disabilities)を良識あるアメリカ人は絶対当選させないだろうと思っていたが、蓋を開けてみたら信じ難い結果になってしまった。

では、大統領になってからはどうだったのかというと、これまでの様な露骨な障害者蔑視はしていないが、2018年4月27日、オリンピックとパラリンピックの出場選手をホワイトハウスに招いた時に、「パラリンピックを観るのは辛い、できるだけ我慢したが…」などと発言している****。 また、障害福祉関係予算の削減にも熱心で、 Autism CARES Act(Autism Collaboration, Accountability, Research, Education and Support Act)*****スペシャル・オリンピックスの予算削減を提案した******/*******。…が、関係者の猛烈な反対に遭い、2020年米大統領選の再選を睨んでなのか、この提案は唐突に撤回された。

**** “Trump said it was ‘tough to watch too much’ of the Paralympics. Was it derogatory?” Washington Post, 2018.4.28 

***** 直訳すれば「自閉症の連携と責任・調査研究・教育・支援法」か? 2006年に旧法(Combating Autism Act)が成立。2011年、2014年と改正されて、Autism CARES Actと成る。

****** “Trump Budget Calls For Cuts To Disability Programs” 

******* Trump, in Abrupt Pivot, Says Funding for Special Olympics Will Continue” NewYork Times 2019.3.28 

2020年11月3日に行なわれた2020年米大統領選挙の結果がグダグダになっているが、おそらく次期米大統領はジョー・バイデン(Joseph Robinette Biden Jr.)氏に決まるだろう。バイデン氏がどういう障害(者)観を持っているのか判らないが、少なくともトランプではなくて本当に良かった。I am glad at least Trump is not the next U. S. president from the bottom of my heart.


首題の『さぽーと』誌の話に戻る。
特集に「尊厳」という言葉が踊っている。「尊厳」に加え、「障害者」「差別」「トランプ」「日本知的障害者福祉協会」というキーワードを並べて見たら、皆さんは何を連想するだろう。私が連想するのは、津久井やまゆり園事件を起こした植松聖死刑囚だ。植松氏がトランプを礼賛していたのは良く知られている********

******** 雨宮処凛「アメリカ大統領選と、相模原事件・植松死刑囚。これで分断の時代は終わるのか?」2020.11.12 

トランプがずけずけとホンネで差別感情露わにしても(したからか)、多くの支持者を集めたことと、津久井やまゆり園事件が起きた、との関連を謂うのは「風が吹けば桶屋が儲かる」的な因果関係だが、無縁とまでは言えないだろう。
「今月号に寄せて」の川島氏が言う様に「私たちは、もう一度自分の心の奥底を見つめて、自分自身の差別する心と戦わなければならない」のである。

特集の座談会では、津久井やまゆり園事件について、この様な社会現象・社会病理を背景とした…いや、どういう論理や経験則、文脈でも構わないが…触れられていなかったのは残念である。

「差別は恥ずかしい」…確かに。差別を完全に無くすことは難しいが、恥ずかしいことだという感性を失ってはならない。

アイキャッチ画像は、1990年7月26日、ホワイトハウスで「障害を持つアメリカ人法」に署名するジョージ・H・W・ブッシュ大統領。

『さぽーと』2020年11月号は、社会福祉法人同愛会「日の出福祉園」の職員労働組合・ゆにおん同愛会のブログ「なんくるブログ」でも、特集の座談会とセミナー「優生思想と現代(4)」について取り上げられていますので、ご参照ください。
「「知的障害のある方の尊厳を守る ー日本知的障害者福祉協会としての取り組みー」、優生思想と現代(4)―強制不妊手術から考えるー さぽーと 2020年11月号 日本知的障害者福祉協会」

‡†
(2021.4.29追記)バイデン米大統領の障害者政策についての選挙公約の触りは以下の記事で紹介しています。
バイデン米大統領による「障害のある人の完全参加と平等のための計画」

…The end

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